2012年10月10日

窮屈な電脳空間。

オチも何もない独り言なんですけどね。

なんだかね、ネットって好き勝手言える場所だったはずなのに、
いつからか実社会以上に発言に気を遣う、不自由な場所になってない?

例えばディープなロリコンの人が「NO LOLITA, NO LIFE」ってブログを開設したとして。
「成人女性なんかと違って幼女はアレやコレがいいんだ」と毎日力説したとして。
これ、倫理的な話は置いといて、書くこと自体は別に犯罪でもなんでもないわけ。
単に趣味の主張をしてるだけで、「今日見た映画が面白かった」と書くのとなんら変わらないわけ。
不快に感じるなら見なきゃいいだけでさ、存在自体は決して悪じゃない。

そんな「不快なら見ない」って当たり前の選択を出来る人が減って、
「不快なら叩く」って自己中心的で稚拙な正義を振りかざす人が増えた気がするんだよなあ。
自分のブログなんかでさ、「あのロリコンブログは酷い、最低」なんて
批判や反論を書く程度なら全然いいんだよ、それは個人の自由な意見だから。
オレだって、過去にスポーツ批判やTwitter批判を何度も繰り返してきたし(笑)。
ただ、今はそれが相手への直接攻撃に走りがちだよなあと。
相手のプライバシーを侵害したり、ブログ閉鎖に追い込んだり、つい行動に移しちゃう。
例えばフジテレビデモをやってたキチガイなんてその最たる例よな。
「不快なら見ない」っていうだけの簡単なことが出来なくて、
不快なのに気になって気になってしょうがなくて自ら怒りを増幅させて、
あれこれ勝手な理由を付けて自分に正当性を持たせて対象を叩く。
でも、とどのつまりは「自分が気に入らないから」でしかないんだよね。
ちなみにあれって嫌韓の運動だったはずなのに、本人たちが一番火病ってるってのはギャグなの?
「政府と東電は嘘ばかり!」って叫んでる原発反対派が一番デマを垂れ流してるのにも笑っちゃうけども。
あ、話が逸れた。

そういう人たちってさ、ネットで個人の意見が発信出来るようになって、
TwitterあたりのSNSでその意見を拡散出来る快感を覚えて、
その意見に同意してくれる仲間がいることに興奮しちゃって、
自分が万能でもあるかのように過信した人たちなんだろうなあ。
ネットで万能感持っちゃうって・・・すげーダサくないスか?
仮に万能であったとしても、それを行使する権利なんてないはずなんだけどね。

早い話が幼稚なんだよな。
そりゃオレだってチン毛が生えただけの子供みたいなもんですよ。
でもね、それ以前の、感情をコントロール出来ない人が増えてるよなあって。
そういう幼稚でわがままで自分勝手な人って、
自分の怒りが世論と噛み合わない、賛同者がいないときってどうなっちゃうんだろう。
自分の思い通りにならない苛立ちから憤死するんじゃなかろうか。
そうならないためにも「スルーする度量」ってのが必要だよね、このご時世。

で、そんな人たちが増えてきたことによって、
ネットで「何も発言しないことが勝ち」って風潮になってきてる感があって。
発言するなら匿名で。顔を出して発言するなんて危険すぎる、みたいな。
言葉狩りがあるんなら、何も喋らないのが一番、って論理。
でも、それってどうなんだろうか、と思う。
無限の可能性がある、なんて言われてたネットの結末がそんなもんなら寂しすぎやしないか、と。

ま、冒頭に書いたようにオチはないんですがね。
犯罪が横行するような自由すぎるネットも問題だけど、
なんだか妙に真面目で窮屈なネットも嫌だなあと思った次第。

なんだかひさしぶりに毒を吐いてスッキリしたから、次回は社会問題に吠えるよ。ワンワン!