2012年10月5日

エアコン事件。 【中編】

いや、もうね、不安しかないですよ。
友達は「若い兄ちゃん二人が手際良くパッパと作業してくれた」って言ってたのに、
こっちはこのおじいちゃん一人だもの。オレの選択能力&運のなさよ。
そりゃね、この時点でのキャンセルも頭をよぎったけど、
ふと、この道数十年のベテランに任せてみるのもいいかと思ったのね。
若さより経験に賭けてみよっかなと。

で、工事当日。
やってきたおじいちゃんの姿を見て愕然。
想像してた以上にヨボヨボ! 推定70歳オーバー! 本当に大丈夫か !?

でさ、到着するなり、「私一人で充分や、言うとるのにぃ、後でもう一人来るんですわぁ」と。
言ってる意味がよくわからなかったんだけど、とりあえず部屋に上げると、
さっそく取り付けの段取りを始めてくれたのね。
すると、開口一番エラいことを言い出した。
爺「車まで道具を取りに戻るんやがぁ、一人じゃ持てんもんでぇ、アンタ一緒に付いてきて」
アンタ呼ばわりで、急にタメ口でバイト君扱い! 聞いてないよ!

そうこうしてるうちに、後から五十代くらいのおじさんがやってきて。
この人はね、いかにも人のいい快活な業者さんって感じで、
口調から行動からテキパキしてんの、おじいちゃんとは違って。
終始敬語で丁寧な対応をしてくれて、働き盛りを絵に描いたような人で。
おじいちゃんがオレに何か頼もうとすると、ちゃんと注意もしてくれる。
「いやいや、お客さんにそんなこと頼むなんて失礼でしょ!」って具合に。
そうしておじいちゃんにも的確な指示を出して・・・え? ベテランに指示?

で、しばらく観察してるうちに二人の関係性が見えてきたんだけど、
定年後にエアコン取り付け・取り外しの会社を起こしたおじいちゃんと、
何の因果かそこで働くことになったベテラン作業員って構図なのな。
要は、おじいちゃん自身はベテランでも何でもなく、
起業してから見よう見まねで作業を覚えただけの、素人に毛が生えた程度の人なわけ。
その社長が、今度の作業は一人で大丈夫、なんて言い出した。
そりゃ不安だってんで、おじさんも無理に同行したって次第で。
社長と部下の関係で、年齢も下だけど、やっぱ経験は全然違うわけじゃん。
そんなだから、おじさんはおじいちゃんの身勝手な行動に辟易してるし、
おじいちゃんは部下が自分より仕事が出来ることに不満を持ってるし、で。
つまりアレですよ、新人バイトが一通り、最低限の作業を教えられて、
上司がいると気が詰まるから、根拠のない自信で「もう一人で大丈夫っス!」みたいな。
で、実際に一人でやらせると、何も出来ない、みたいな。
社長だけど、現場ではそんなバイト的な立ち位置なのよな、このおじいちゃん。
一方おじさんの方はというと、自分より仕事が出来ないのに、
一丁前な口を利こうとするおじいちゃんに強い不満を持ってるものの、
とは言え、やっぱり自分の雇用主だから、あまり強くは出られない、みたいな。
おじさんにとっては、おじいちゃんがいなければ仕事にありつけない、
おじいちゃんにとっては、おじさんがいなければ作業が捗らない。
要は、お互いがお互いを邪魔だと思ってんだけど、排除出来ない関係性なのな。

だからさ、どうも変な空気が漂ってるわけよ。
おじさんが改めて段取りを組み直して指示を出すも、
指示の内容を充分に理解出来ないおじいちゃんに対し、おじさんは露骨に呆れ顔。
おじいちゃんの姿が消えると、こっそりオレに耳打ちしてくるおじさん。
「いやはや、恥ずかしいところ見せてしもうてすんません。
しかし、あれで一人で大丈夫なんて言い出すんですから、なんとも呆れますなあ」
おじさんの姿が消えると、誰に言うでもなく、こそっと呟くおじいちゃん。
「わしはこっちのやり方でいいと思うんやけどなぁ・・・」
そして上目遣いでオレの方を見て、照れ隠しなのか、自分を嘲るような含み笑い。
「ふひひひ」

・・・もう嫌だ! このピリピリした現場から逃げ出したい!
どうしてオレが、こんな嫌な気分にならないといけないんだ !?

(つづく)